| 2026年1月18日(第3号) | ||
| 聖日礼拝 | ||
| 第1礼拝司会 : | 栗原仰基兄 | |
| 第2礼拝司会 : | 黒羽 徹兄 | |
| 奏 楽 : | 神野真理姉 | |
| 前奏 | ||
| 招詞* | 詩篇100篇1~5節 | |
| 賛美* | 539番 | |
| 祈り | ||
| 交読文 | ヨハネの福音書15章1~12節 | |
| 賛美* | 9番 | |
| 牧会祈祷牧師 | ||
| 賛美* | 298番 | |
| 聖書 | エペソ人への手紙2章1~10節 | |
| 説教 | 「死からいのちへ」牧師 | |
| 献金 | 352番 | |
| 頌栄* | 541番 | |
| 祝祷*牧師 | ||
| 報告 | ||
| 後奏 | ||
| (*の部分はご起立下さい。) | ||
「死からいのちへ」
牧師 齊藤 耕
使徒パウロは、『神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように。』(1:19)と教会のために祈っている。神の大能の力は、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上で御父の右の座に着かせ、すべての支配、権威、権力、主権の上に置かれた力である。この神の大能の力が、キリストを信じる者たちにも働いている。*
私たちはみな、かつては自分の罪の中に死んでいた。生きているようでも死んでおり、私たちの魂は失われていた。この世の流れに従い、肉欲のままを生き、悪の霊に従って歩んでいた私たちは、御怒りを受けるべき存在だった。
しかし、憐れみ豊かな神は、その大きな愛の故に、背きの罪の中で死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださった。私たちは、キリストとともによみがえらされ、キリストとともに天上に座らせていただいたのである。それは、恵みによることであった。行いによるのではなく与えられた信仰によって受けた恵みである。だれも自分を誇ることがないように。
私たちは、キリストにあって、死んでいたのに、いのちが与えられた。それは、この限りない恵みを、来るべき時代に生きる人々に示すため。キリストにあるいのちの恵みを、ともに分かち合うためである。