Urawa Evangelical Free Church すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイの福音書11章28節
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2024年3月3日(第9号)
聖日礼拝
第1礼拝司会 :横田 眞兄
第2礼拝司会 :阿部潤也兄
奏    楽 :小室陽子姉
前奏
招詞*詩篇100篇1~5節
賛美*539番
祈り
交読文ヨハネの福音書15章1~12節
賛美*7番
牧会祈祷牧師
賛美*313番
聖書創世記32章22~32節
説教「キリスト者であること (8)」
――砕かれた者――喜多副牧師
献金333番
頌栄*541番
祝祷*牧師
報告
(*の部分はご起立下さい。)

「キリスト者であること(8)」
――砕かれた者――

副牧師 喜多 大樹 

 兄のかかとを掴んで生まれてきた彼の名はヤコブという。彼は母の胎内にいる時から双子の兄とぶつかり合い、押し合ってきた。平和を愛した父の子は、争いの息子として誕生したのである。
           *
 彼の人生は奪い取る人生であった。確かに彼は神に選ばれた。しかしその人生は「奪い取ることによって」進んでいくべきではないはずだ。貪欲が彼の胃袋を支配し、欲しいものを飲み込むため彼はあらゆる手段を講じた(創25:19-31:55)。
 「弟」として生まれたのだから本来彼は長子とはならない。生まれた順番は誰にも動かすことはできない。それでも彼は「長子」という特権を欲しがった。彼は腹を空かせた兄エサウの弱みにつけこみ、その権利を横取りした。
 弟はそれだけでは満足できなかった。父イサクが兄に贈ろうとした「祝福」をエサウになりすまして騙し取った。隣人に与えられようとしている贈り物を取ってしまう。そのような生き方が平和を生み出すはずがない。奪った祝福の結果は呪いとなり返ってくる。兄は激昂する。エサウは彼を亡きものにしようと殺意を燃やすが、彼はなんとか逃亡して命を保つ。一体、彼はこの人生で何を得たいのか。
 逃亡した先で、彼は祝福を独占する。親戚のもとに身を寄せたものの、そこで誰よりも富む者となり妬まれる。とうとう彼はそこから脱出しなければならないほど追い込まれ、ついに故郷を目指す。しかし、川を隔てた向こうには兄がいる。
           *
 彼は恐怖に支配される。妻と子、財産をすべて向こうに隔て、ひとりだけ後に残る。するとある人が夜明けまで彼と格闘する。ヤコブはこの夜、最後の闘いに挑む。そうして彼は「イスラエル」と呼ばれる。そんな彼の足はひどく傷ついている。

11時25分から第2礼拝をライブ配信します。第2礼拝終了後はその動画(録画)をご覧になれます。


説教の音声をお聞きになれます。
音源(音声ファイル)は上の映像とは別のものです。


【3月の暗誦聖句】
キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた。(ペテロの手紙第一 2章24節)